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Feature No.1 — Archives de la Cuisine Classique

リエーブル・ア・ラ・ロワイヤル

王様の名を持つ野兎は、いかにして生き延びるか

野兎を一週間、赤ワインに漬け込む。内臓は取り出して調理し、血とともにソースへ。オーヴンの中で、ぴんと立っていた兎の耳が熱でゆっくりと垂れ、トランプのキングの髪のかたちになる——だからこの料理は「王様風(ロワイヤル)」と呼ばれる。これは大真面目な話である。

リエーブル・ア・ラ・ロワイヤルは、フランス古典料理の頂点に立つジビエの王道でありながら、いまや口にする機会の絶えかけた一皿だ。素材の野兎(リエーブル)そのものが希少であり、仕立てられる料理人はさらに少ない。本特集は、このアーカイブに収められた一次資料——食べ手・内田増幸の半世紀の日記と、2025年の再現の会の記録——だけを糸として、一皿の伝記を編む。

Chapitre I

最初の衝撃 — ボキューズの記憶

記録の糸の始まりは半世紀前に遡る。内田増幸がこの料理に出会ったのは、ポール・ボキューズと提携していた東京のレストラン「ル・マエストロ」。サントリーホールに招かれた世界的指揮者たちの迎賓館のような店だった。2015年の日記に、その初めての一皿の記憶が驚くべき解像度で書き残されている。

赤ワインの影響でチョコレート色に染まって滑らかに光った兎が白い前歯を見せながら、腹這いになっている丸ごとの姿を現すと、お客様から歓声が上がります。一匹で8人から10人前あります。内臓も捨てないで調理をしてまた腹に戻して焼き上げています。これがジビエ料理と思います。

食べた方の感想の多くは、「今日やっと食べられてよかったと思いますが、もう二度と食べなくていいです」という方が多いです。

出典: 内田増幸 食べ歩き日記 2015年8月(ル・マエストロ回想)|記録を読む

野兎には時おり、取り切れなかった散弾銃の弾が残る。客の歯に当たると、店は「申し訳ありません」とは言わない。拍手をして「おめでとうございます」と言う——本物の野生を食べている証だからだ。マキシムが50年で歴史の幕を下ろしたように、ル・マエストロも10年で店を閉じた。最終日に店から贈られた本革表紙のワインリストは、いまも内田の本棚に収まっているという。

Chapitre II

2012年、四年ぶりの再会 — エメ・ヴィベール

時は流れ、2012年11月。麹町のエメ・ヴィベールで、若月シェフの提案により思いがけずこの料理が供される。内田にとって実に4年ぶりのリエーブルだった。

このようなジビエの王道料理を作っていただけるとは、もう、大感激です。(中略)この焦げ茶色のドロッとしたソースをソーススプーンでいただいていると幸せな気分になります。

さて、ワインとリエーブルとのマリアージュ、強さと強さの見事な調和でした。これこそ、真のジビエの醍醐味であると、心から感謝の気持ちが沸きました。

合わせたのは1995年シャトー・モンタス(マディラン)。出典: 食べ歩き日記 2012年11月|記録を読むエメ・ヴィベールの全記録

Chapitre III

2016年、国内でわずか二羽 — 「これぞジビエ」

2016年3月、再びエメ・ヴィベール。このシーズンに日本国内で狩猟された野兎は、わずか二羽。その一羽が、この夜のために用意された。

この真っ黒い濃厚なソースは、ウサギの内臓などすべてのエキスを取り入れた逸品です。野兎の肉も、美味しいし、ソースも深みのある味わいで、私は心の中で大拍手をしています。(中略)今日の料理は本当に深い味わいで、「これぞジビエだ」と胸を張って言える素晴らしい料理でした。

合わせたのは2時間前に抜栓・デカンタした1994年シャトーヌフ・デュ・パプ(ボーカステル)。出典: 食べ歩き日記 2016年3月|記録を読む

「この料理、ストレートに調理するとどうしても臭いのを、
どう和らげるかがシェフの腕前なのだと思っています」

Chapitre IV

2017年、約束の一皿 — ラチュレ

記録には伏線まで残っている。2016年の秋、表参道のラチュレで内田は「1〜2月にリエーブルが入れば、3〜4月にリエーブル・ロワイヤルを」という約束を店と交わした。そして翌2017年4月22日、約束は果たされる。自ら猟銃を持つハンターでもある室田拓人シェフが、青森産の野兎を2週間熟成(フェザンタージュ)させて仕立てた、今シーズン最後のリエーブル・ロワイヤル。8名のジビエ会食だった。

内臓と血入りの濃厚なソース、別皿の野菜と交互に。これまでで最も完璧に美味しいリエーブル。

合わせたのは2004年ジゴンダス(ドメーヌ・グベール)——ラベルを隠して供され、一同当てられなかった。出典: 食べ歩き日記 2017年4月|記録を読むラチュレの全記録

Chapitre V

2025年、再現 — 「決して絶やしてはならない」

そして2025年1月。記録は、もうひとりの食べ手の手に引き継がれる。内田が主催する古典料理の会で、昭和45年(1970年)に内田自身が衝撃を受けたボキューズのリエーブル・ア・ラ・ロワイヤルを再現する——ボキューズの料理を知り尽くす高良シェフに依頼して、実に2年越しで実現した会である。その夜を、食べ手・高橋和義がこう記録した。

圧巻のリエーブルアラロワイヤル!!(中略)リエーブル自体貴重で、フランスと日本ではニュアンスがかなり違う食材ですが、高良シェフにかかると、日本の野うさぎが、ここまで洗練されていて力強いのかと、身震いしました。

今でも思い出して食べたくなる、古き良き料理には理があります。これは決して絶やしてはならないと、改めて強く想いました。

出典: 高橋和義 FB食録 2025年1月26日|記録と写真13枚を見る
リエーブル・ア・ラ・ロワイヤル 再現の会(2025)

写真: 2025年1月「古典料理の会」より(高橋和義 撮影)。全13枚は記録ページへ。

1970年の衝撃。2012年の再会。2016年の「国内に二羽」。2017年の約束の一皿。そして2025年の再現——半世紀の記録を並べてみえてくるのは、この料理が「保存」されてきたのではなく、そのつど誰かが註文し、仕立て、食べたから生き延びてきた、という単純な事実である。記録は食べた者にしか書けない。そして料理は、食べられている限り死なない。

令和美食倶楽部は、こうした一皿を毎月ひとつずつ、現代の食卓に呼び戻していく。このアーカイブはその記録地である。

本特集の記述はすべて、当アーカイブ収蔵の一次資料(内田増幸 食べ歩き日記・高橋和義 FB食録)に基づきます。引用は原文のまま(中略を除く)。
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